「不景気を解消したいのならお金をどんどん刷ればいいじゃん」という発言をする人がいます。一見、素人丸出しの意見に見えるかも知れませんが、実は経済学者の中にもこれとほぼ同じような内容の発言をする人がいます。
今回はお金を大量に発行し、供給量を増やすとどのようなことが起こるのか、について考えてみたいと思います。
目次
お金をたくさん発行すると物価が上がる?
一般的に、経済学においてはお金の発行量(正確には供給量)を増やすと、物価が上がると言われています。一体なぜでしょうか。理由は簡単で、お金の供給量を増やすと、お金の価値が下がってしまうからです。市場にたくさん出回っているものは一般的に価値(価格)が低くなります。
それはお金であっても同様で、市場にお金がたくさんでまわるようになると、お金の価値自体が下がってしまうのです。
お金の価値が下がるということは、1円あたりの価値が下がるということです。以前は100円で買えたものが、120円出さなければ買えなくなってしまうわけです。これはまさにインフレ、物価上昇です。
逆に考えると、お金の供給量を減らすと、デフレ、物価下落が起こることになります。もちろん、これはあくまで理論上の問題であり、実際にお金の供給量を増やしたらすぐに物価が上昇するほど世の中は単純ではありませんが、とりあえず理屈の上では貨幣供給量と物価は連動する、ということです。
インフレとデフレはどちらが望ましい?
インフレもデフレも、余り急激なものはよくありません。急激な物価変動は国民生活にダメージを与えます。では、緩やかなインフレと緩やかなデフレでは、一体どちらのほうが望ましいのでしょうか。100%そうであるとはいえませんが、一般的には緩やかなインフレのほうが望ましいとされています。
緩やかなインフレは格差を緩和し、投資を活性化させる
インフレが発生すると、お金の価値が下がります。お金の価値が下がるということは、預金の価値が下がるということです。逆に、借金も実質的に目減りすることになります。インフレ下においては、貯金や借金の重みが小さくなるということです。
つまり、現時点で預金を持っている富裕層にとっては不利であり、借金がある人にとっては有利に働くわけです。必然的に、貯金がある人と借金がある人の格差が緩和されます。
また、インフレが発生すると実質的な預金の価値は下がるため、預金を持っている個人や企業は投資をしようとします。投資が増えれば企業の収益は上がりやすくなりますし、企業収益が増えれば賃金が増えるため個人消費も増えます。
個人消費が増えれば企業はそれに応えるために設備投資や雇用を行い、それが個人の賃金となり個人消費がさらに増え、国民所得が向上するという好循環に入ることができます。
さらに、借金の重みが小さくなるため、現時点で対GDP200%以上の債務を抱えている日本政府の実質的な借金は目減りします。国民所得が増えて政府の借金が減るのですから、まさに一石二鳥です。
逆にデフレが起きてしまうと預金の価値が増えるため富裕層はますます有利になり、格差が拡大します。さらに投資が控えられるため投資も消費も生まれず、国民所得は停滞します。
急激なインフレは実質的な所得の減少をもたらす
上記の理論が成り立つのならば、急激なインフレ(ハイパーインフレ)が起きても全く問題がないように思えます。むしろハイパーインフレのほうが実質的な政府債務が大きく減るのでいいようにも思えます。しかし、それは正しくありません。
インフレが起きても通常、すぐに賃金はそれに合わせて伸びません。ハイパーインフレが起きてしばらくは、物価が急激に上昇したにも関わらず賃金は以前と余り変わらない、という事態が起きるのです。
物価の上昇率のほうが賃金の上昇率より高ければ実質的に賃金は目減りすることになります。緩やかなインフレならばそれは大したデメリットにはならず、むしろ前述した投資の活性化による長期的な個人所得の上昇の恩恵のほうが大きくなるのですが、ハイパーインフレではそうなりません。
また、ハイパーインフレがいつでも起こりうる環境というのは、言い換えればそれまで築き上げた預金が一瞬でほぼ無価値になる可能性がある環境であるといえます。
このような環境下では優秀な富裕層の人間が自分たちの能力を活かして稼ごうとしなくなるでしょう。それは社会全体にとって大きな損失です。成功者が自分の能力で得たお金をある程度は守れるようにしておけば、成功者が生み出す雇用の恩恵に預かれる人が増えます。
お金を自由に政府に刷らせるとたいてい失敗する
さて、お金の供給量を増やせば理論上はインフレが発生すること、緩やかなインフレは概ね良い効果をもたらすことが若たわけですが、では一体どうやってお金の供給量を増やせばいいのでしょうか。
政府が日銀にお金をどんどん刷るように命令すればいいのでは?と思われるかもしれません。実際にそういったことを主張する経済学者も存在しますが、一般的にこの結論は間違いであるとされています。
政府に対して、完全な通貨供給量の決定権を認めてしまうと、どうしても通貨供給量が増えすぎてしまうことが、過去の歴史から明らかになっているからです。
例えば、17世紀のスウェーデン国王カール10世は、北方戦争の長期化に伴い増大する戦費を賄うために、当時紙幣を発行していた民間銀行のストックホルム銀行に対して紙幣の増刷を命令します。
が、あまりにも紙幣を増刷しすぎたため、急激なインフレが発生し、紙幣の価値が大暴落してしまいます。これに対する反省から、スウェーデン議会は国王の恣意的な支配から独立した中央銀行の設立を決定します。
このように、政府(上記の例では国王)が直接通貨供給量を決定できてしまうと、通貨供給量が増えすぎてハイパーインフレを招くことになります。
そのため、多くの国では政府の影響下から独立した中央銀行に通貨供給量の決定権が与えられています。完全に独立しているというわけではありませんが、通貨供給量を増やしたい政府と、それを抑制したい中央銀行の対立はどこの国でも発生しています。
金融緩和で通貨供給量を適切に増やす
中央銀行は通貨供給量をコントロールするために、金融政策を行います。金融政策の中でも、特に通貨の供給量を増やしてインフレを発生させようとするための政策を金融緩和と言います。逆に、インフレを抑制するための政策を金融引締めと言います。お金の供給量を減らすのは金融引き締めです。
前述の通り、経済が最も安定しやすいのは緩やかなインフレが発生しているときです。ハイパーインフレも、デフレも望ましくありません。
そのため、デフレ気味な時は金融緩和政策によってインフレを誘引し、逆にハイパーインフレが起こりそうな時は金融引締め制作によってインフレを抑制します。
金融緩和政策には以下の様なものがあります。
政策金利を調整する
政策金利とは、中央銀行が一般の銀行にお金を貸し出す際に採用される金利のことです。好景気のときには政策金利は高く、不景気のときには低く設定されます。では、政策金利を下げるとなぜ、お金の供給量が増えるのでしょうか。
政策金利が下がると、一般銀行は日銀から低い金利でお金を借りることができます。すると、民間銀行は他の企業や個人に対して、より低い金利でお金が貸し出せるようになります。
すると、民間の企業や個人がお金を借りやすくなるので、多くの企業や個人がお金を借りるようになります。すると市場に出回るお金の供給量が増える、というわけですね。
逆に政策金利が上がると民間の銀行は融資の際に高い金利を設定せざるを得ず、企業や個人がお金を借りづらくなって、市場に出回るお金の供給量は減ります。
民間銀行との間で資産を売り買いする
民間銀行は現金以外にも債券、株式などの資産を持っています。こうした民間銀行の持っている資産を、日銀が現金で購入するのです。すると、民間銀行の手持ちの資金が増えます。
手持ちの資金をいつまでも寝かせておいてもしょうがないということで、民間銀行は融資に積極的になり、市場に出回るお金の供給量が増えます。
逆に日銀が民間銀行に対して資産を売却すると民間銀行の手持ちの資金が減るので融資に消極的になり、市場に出回るお金の供給量は減ります。
支払準備率を操作する
民間銀行は、顧客からの預金を引き出したいという要望に答えるために、いつでも預金額に応じて一定の割合のお金を手元においておくことが義務付けられています。この「一定の割合」を支払準備率といいます。
日銀は必要に応じて、支払い準備率を変動させることができます。支払準備率を下げれば、民間銀行はあまりお金をおいておかなくてもいいことになるので融資に積極的になり、市場に出回るお金の量が増えます。
逆に支払い準備率を上げると、民間銀行はたくさんのお金を残さなければならなくなるため、融資に消極的になり、市場に出回るお金の量は減ります。
金融政策は本当に必要か?
さて、緩やかなインフレを引き起こすためには先述したような金融緩和・金融引締めが必要であるとされています。実際、日本でも海外でもこのような金融政策は何度も行われていますし、現在も進行中です。
しかし、金融政策に100%効果があると証明されているわけではありません。著名な経済学者の中にも、金融政策の効果はないとする人たちがたくさんいます。
例えば、20世紀の大物経済学者であるハイエクは、金融政策をいくら行ったところで、失業問題は全く解決しない、と考えていました。それどころか中央銀行自体を有害無益なものだと考えており、通貨は各民間銀行が自由に発行すればよい、とさえ考えていました。
極端な考えに思われるかもしれませんが、通貨同氏でも競争が生まれるのは悪いことではないですし、通貨が複数あれば1つの通貨の価値が暴落してもその影響が限定的になる、とも考えられます。
今の日本にはどれくらいのお金が出回っている?
最後に、今の日本市場の通貨供給量を見ていきましょう。金融機関と中央政府を除いた経済主体が保有する通貨をマネーサプライ、もしくはマネーストックと言います。
ここで言う通貨とは現金、つまり紙幣と硬貨だけには限定されないのが一般的です。マネーサプライの定義はいくつかありますが、代表的なものは以下の4つです。
M2:現金+国内銀行などの預金
M3:現金+全預金取扱機関の預金(準通貨と譲渡性預金含む)
広義流動性:M3に金銭の信託、投資信託、金融債などを加えたもの
なお、準通貨とは通貨に準ずる機能を持つもので、その殆どが定期預金です。譲渡性預金はそのまま譲渡できる預金ですが、個人が持つことはまずありません。日銀は基本的にM2とM3を重視しています。2014年時点での日本のM2は約850兆円で、1980年の約4倍にまで増加しています。
一方、マネーサプライに対する名目GDPの割合をマーシャルのkと言います。この数値が大きいほど市場でお金がだぶついていてお金の流通速度が遅いといえます。
日本のマーシャルのkは2014年時点で約1.8で、アメリカの0.7と比べるとかなり大きくなっています。それだけ市場のマネーサプライが多い、というわけですね。
まとめ
- お金を沢山発行して供給すれば、基本的にはインフレが起こると考えられる
- 急激なインフレやデフレは経済に悪影響であり、緩やかなインフレが望ましい
- 通貨供給量を決めるのは政府ではなく中央銀行
- 中央銀行が通貨供給量を調整するための政策を金融政策という
- 金融政策は効果がないと見る経済学者も存在する
- 日本のマネーサプライは一貫して増え続けており、お金はだぶつき気味である