借金の取り立ての方法の一つに「差押え」があります。差押えとは債務者(借金をしている人)の財産の保有権を債権者(お金を貸している人)が強制的に確保し、それを売り払うなどして借金の返済に充てることをいいます。
財産には家や土地などの不動産も含まれますし、もちろん銀行への預金などもこれにあたります。
差押えは法的な効力をもつので、一度確定すれば債務者の意志に関わらず銀行預金などを引き出すことができます。
しかし、差押えが確定したからといって必ず借金の回収ができるわけではありません。
「差押えの競合」といって、複数の債権者が同時期に差押えの申し立てを行い、さらに銀行預金などの財産の総額が差押えを行った債権者の債務の総額に満たない場合、借金を回収しきれないことがあるのです。
差押えの競合が起こった場合は平等に按分配当をしなければいけないため、他の債権者と債務者の財産を分け合わなければいけないのですね。
これを回避するためには、裁判所に差押えの申し立てをする際、一緒に「転付命令」の申し立てを行うことが有効です。
転付命令が確定すると、他の債権者の差押えを無効にできるため、差押えの競合は起こらなくなります。そのため、債務者の銀行預金などを全てこちらの借金の返済に充てることができるのですね。
とはいっても、転付命令には少なからずデメリットも存在します。この記事ではまず差押えの仕組みについて詳しく解説し、続けて転付命令とはなにか、さらに転付命令のメリット・デメリットについて解説します。
差押えとは?
借金をすれば当然それを期日内に返済しなければいけません。もし、債務者が返済に応じない場合、債権者は裁判所に訴えることができ、裁判で債権者側が勝訴すれば裁判所は債務者に支払い命令を出すことになります。
この支払い命令は法的な効力をもち、強制執行になるので債務者は支払いから逃れることはできません。しかし、中にはこの命令を受けても頑なに支払いを行わない債務者がいます。
そのような場合に、債務者に対して債権者が強制的に取り立てを行える方法が差押えです。
差押えの対象は債務者の給与、銀行預金、車、家など多岐に渡ります。ここからは話を簡略化するために差押えの対象を銀行預金に絞って解説していきますね。
差押えの申し立てを行うと、債務者と銀行に差押えに関する文書が送付されます。そして、この文書が送付されてから一週間以内に債務者からの執行抗告などのアクションがない場合、差押えが確定し、債務者の銀行預金を強制的に借金返済に充てることができます。
ただ、これは他の債権者から差押えや仮差押えの執行、申し立てがなかった場合です。
差押えから借金の回収までに他の債権者からも差押えの申し立てがあり、さらに差押えを行った全ての債権者の債務総額が銀行預金の総額に満たない場合、差押えの競合となり、少々ややこしくなります。
差押えの競合とは?
差押えが同時期に複数の債権者から行われた場合、差押えの競合と言われる状況になることがあります。
より具体的には、差押えの申し立てから借金の回収までに他の債権者からも差押えの申し立てが行われた場合で、さらに差押えを行った債権者からの借金の総額が銀行預金の総額に満たない場合に差押えの競合になります。
同時期に差押えの申し立てが行われた場合でも、銀行預金が借金の総額を上回っているならば差押えの競合にはなりません。
差押えの競合には優先順位があり、税金の回収など行政が関与する差押えが一般的に優先されます。つまり、行政は金融業者よりも先に滞納している税金などを徴収することができるのですね。そして残った預金を金融業者で分け合う、という形になります。
差押えにもいくつかの種類があり、その種類によってある程度、差押えの競合になった際の優先順位が決まっています。
以下からは差押えの種類について簡単に説明しながら、競合の際の優先順位について解説していきます。
差押え
差押えは上述したとおり、支払い命令に従わない債務者に対して行われる強制執行になります。勘違いしやすいのですが、差押えの対象は債務者ではなく銀行です。給与を差押える場合は勤務先の会社が対象になります。
このように差押えの対象になる銀行、会社などは第3の債務者と呼ばれます。よく差押えは会社にバレるのか、などの質問がありますが、借金をしている本人に加えて第3の債務者にも差押えの通知が送付されるため確実にバレます。
仮差押え
仮差押えは裁判で判決が確定する前に行われる差押え手続きのことをいいます。一般的に借金の裁判は債務者が敗訴になる可能性が非常に高いです。
そのため、どうせ回収されてしまうのなら判決が出る前に全部使ってしまえ、と思う人も出てくるでしょう。
これを許してしまうと、債権者はせっかく裁判で勝ったのに借金を回収できないケースが出てきます。
こういった状況を防ぐために、債権者側は裁判中でも銀行預金などを一時的に差押えをすることができます。これを仮差押えと呼ぶのですね。
そして、仮差押えでも他の差押えと被れば「差押えの競合」になりえます。
配当要求
先行している他の債権者の差押え手続きに乗っかって差押えを行うことを配当要求といいます。債権者側にとっては手続きが簡略化される、申し立て費用が安く済むなどのメリットがあります。
しかし、銀行預金に対しての差押えにおいて、この配当要求が行われることはほとんどありません。なぜなら、他の債権者が差押え手続きを行っているかどうかは実際にこちらも差押えを行うまで分からないからです。
以上の3つは金融業者などが裁判者を通して手続き、執行を行います。対して、以下から解説する「滞納処分」と「交付要求」は主に行政が行う差押え手続きで、裁判所を介さず行政が差押え、徴収を行います。
滞納処分
税金の滞納などに対して差押えを行う場合を滞納処分といいます。私債権(金融業者などからの借金)の差押えは債権者が裁判所に申し立て、執行してもらいますが、租債権(税金などの滞納)の場合は税務署や自治体が差押えを行い、徴収を行います。
差押えの流れとしては他の差押えとほとんど変わりませんが、租債権の回収は私債権よりも優先されます。つまり、差押えの競合が起こった場合、まず租債権の回収が行われ、残った預金残高を私債権の債権者で分配するという形になるのです。
交付要求
交付要求も行政が行う差押えになります。これは行政による差押えの前に私債権の差押えが行われていた場合に取られる方法です。
イメージとしては前述した配当要求に近いでしょうか。ただ、交付要求の場合においても私債権より優先して回収が行なわれます。
金融業者など私債権の差押えの前に行われる差押えを滞納処分、後に行われる差押えを交付要求とイメージすると分かりやすいでしょう。
競合した際の差押えの優先順位について
ここまで差押えの種類について解説し、その際に簡単に優先順位についても説明しました。
租債権は私債権よりも優先して回収されるということでしたね。つまり、債務者の預金口座の預金額が50万円で、租債権が50万円、私債権が100万円であった場合、差押えの競合が起こると、まず租債権分の50万円が優先して弁済にあてられます。
これで債務者の銀行預金はゼロになってしまうので、もはや私債権の金融業者は債権回収ができず、泣き寝入りとなってしまうことになります。
では、私債権の差押えの競合が起こった場合の優先順位はどうなるのでしょう?早く申し立てほうが有利に思えますが、実はそうではなく、順番に関わらず平等に扱われます。
例えば、Aという金融業者が差押えの申し立てを一番先に行い、続いてB、最後にCが差押えの手続きを行っても、A、B、Cの差押えの権利は平等に扱われ、預金の分配は債務の額の割合に従って行われます。
仮に債務者の預金額を90万円とし、Aの債権(貸しているお金)が100万円、Bの債権が50万円だとすると、債権総額に対するA、Bそれぞれの債権割合は2:1ですから、預金90万円のうち3分の2である60万円がAに、3分の1である30万円がBに渡ることになります。
つまり、私債権で差押えの競合が起こった場合、その順番は関係なく債権の額によってのみ分配額が決まるということですね。
ただ、もちろん一度回収したお金を返還する必要はありません。Aが差押えを行い、債権の回収を行った後にBが差押えを行っても差押えの競合にはならず、BはAが徴収した後の残った預金から徴収を行うことになります。
転付命令とは?
差押えは他の債権者と時期が被ってしまった場合、債権の総額によって銀行預金を平等に分配する必要があると述べました。こうなると借金の全額はおろか、場合によっては全く回収できないこともあるかもしれません。
こういった状況を回避するために、差押えの申し立てと同時に転付命令の申し立てを行うことが多いです。転付命令が完了すると債務者の銀行預金に対する他の債権者からの差押えはできなくなり、債権の回収が達成されるまで差押えの競合が起こることはありません。
これはどういった仕組みからなっているのでしょうか。転付命令とはざっくり言うと、債権の移動です。転付命令を行うと、もともとの債務者から銀行に債権が譲渡されます。今までは第3の債務者だった銀行が実際の債務者になるのです。
つまり、もとの債務者の銀行預金はもはやその債務者のものではなく、払戻請求権などのあらゆる権利が消滅します。
ここに他の債権者がもとの債務者に差押えを行おうとしても、差押える銀行預金そのものがありません。もとの債務者が持っていた銀行預金は、もはやその債務者の手を離れてしまっているからです。
そのため、一度転付命令が完了すれば、債権の回収が終わるまで差押えの競合が起こらなくなります。また、転付命令は租債権に対しても有効ですから、滞納処分による差押えなどで私債権よりも優先して回収される可能性もなくなります。
このように転付命令を行えば、借金の貸し倒れなどのリスクを小さくすることができるのですね。
転付命令のメリット
差押えの競合を回避できることが転付命令の一番のメリットですが、他にもいくつかあります。
転付命令の効力はその文書が銀行など第3債務者に送達された日まで遡って発揮されます。転付命令が確定するのは文書が送達されてから1週間後ですが、確定されるとその効力は送達された日から有効になるということですね。
そのため、転付命令の文書が送達された後に、他の債権者から差押えの申し立てがあった場合でも、転付命令が完了するとその差押えは無効になり、差押えの競合を回避することができます。
また、転付命令は債権の全額に対して行うわけではありません。例えば、借金の総額が100万円で、銀行預金には50万円しかなかったとします。
この場合、転付命令は借金の50万円に対してだけ行われ、残りの50万円は変わらずもとの債務者から請求することができます。
このようにとても大きなメリットを享受できる転付命令ですが、少なからずデメリットも存在します。
転付命令のデメリット
転付命令を行った後は、その債権をもとの債務者に請求することはできなくなります。つまり、20万円の債権に対して転付命令を行った後、もし銀行などが倒産してしまえばその債権は消滅してしまいます。
銀行が倒産するということはあまりありませんが、例えば会社からの給与に対して転付命令を行い、その後会社が倒産してしまった、なんてことは考えられますね。
他にも、転付命令を行うには他の債権者よりも先に差押えの申し立てを行う必要があります。差押え、転付命令の前に別の差押えの申し立てがあれば、転付命令を行うことはできません。
これは差押え、転付命令が受理された後に、裁判所から他の債権者からの差押えの申し立てはあるかどうかについての文書が届くので、その際に確認することができます。
また、債務者は差押え、転付命令に対して執行抗告を行うことができ、これが認められた場合、差押えや転付命令はできなくなってしまいます。
執行抗告とは裁判所の決定に対して異議や不服を申し立てられる権利で、抗告状を提出し、その申し立てに正当な抗告理由があると認められた場合、その決定を取り消し、執行停止とすることができます。
ただ、いたずらに決定までの期間を長引かせるような執行抗告の申し立ては認められませんし、それで最終的な転付命令の確定が遅れてしまっても、確定すればその効力は送達の日まで遡って認められます。
まとめ
転付命令を有効に使えば債権の回収を滞りなく、スムーズに行うことができます。そのため、ほとんどの場合において、差押えの申し立てと一緒に転付命令の申し立ても行うことが一般的です。
裁判などで借金の返済について争うようなケースは債務者が多重債務していることが多く、財産を他の債権者と取り合う形になることも少なくありません。
また、債務者もこういった制度があることを知っておくとよいでしょう。いきなり転付命令の文書が家に届くと何事かと慌てることもありますからね。