親や配偶者など、あなたにとって被相続人と呼べる立場の人が亡くなった場合、あなたはその人の財産を相続できます。
しかし、相続の際には現金や不動産(主に土地と建物)、有価証券などのプラスの財産だけでなく、借金などのマイナスの財産も一緒に引き継がなければならないという決まりがあります。
もしマイナスの財産を相続するのが嫌な場合は相続放棄という手続きをすることになりますが、その場合プラスの財産も失うことになってしまいます。
ここで生じる疑問は、「もし今の状態で被相続人が亡くなった場合、自分は相続放棄をした方がいいのか、しないほうがいいのか?」というものです。
安易に相続放棄をしてしまうと損をすることになりかねませんし、かといって相続してしまうと借金の返済に追われて苦しみかねません。今回は相続放棄をする・しないの判断基準をまとめて紹介しますので、相続で悩んでいる方は参考にしていただければと思います。
目次
相続放棄のための猶予は3ヶ月
はじめに最も大切なことをお教えします。相続放棄の手続きは、相続の開始を知った日(被相続人が亡くなったことを知った日のこと。相続順位が下の場合は前の順位者が相続放棄したことを知った日のこと)から3ヶ月以内に行わなければなりません。
この期間を熟慮期間といい、熟慮期間が過ぎてしまうとその時点で自動的に相続すると認めたことになります。
被相続人が親や配偶者などごく親しい人の場合は、被相続人が亡くなった日がそのまま相続の開始を知った日になりますが、あまり親しくない兄弟の場合は、亡くなったことを知るまでにしばらく時間がかかるかもしれません。
例えばある年の1月1日に被相続人が亡くなって、そのことを1月31日に知った場合、熟慮期間は1月31日から3ヶ月後、つまり4月の月末までとなります。
熟慮期間が足りない場合は、家庭裁判所に届けれて認められれば伸ばしてもらうことが可能です。
後から借金の存在を知った場合
通常、熟慮期間を過ぎてから相続放棄をすることはできません。しかし、被相続人が亡くなってからしばらく経ったあとで、被相続人の借金が明らかになった場合は、その借金が明らかになった時点を相続の開始を知った人することができ、3ヶ月以内に手続きを済ませれば相続放棄が可能になります。
この場合、手続きが少し複雑になるため、必ず司法書士もしくは弁護士に相談した上で手続きを始めるといいでしょう。
相続放棄の5つの判断基準
相続放棄をする際の判断基準は人によって異なるかと思いますが、一般的には以下のような基準を元に判断します。
- その人のプラスの財産とマイナスの財産の額
- 生命保険金の有無
- 相続人の人数
- 相続税を払える見込み
- 被相続人が保証人になっているか否か
- 被相続人の正確
その人のプラスの財産とマイナスの財産の額
一番最初に考慮すべきは、やはり相続人の財産の額です。原則として、プラスの財産とマイナスの財産を比べて、プラスの財産のほうが多ければ相続すべきですし、マイナスの財産のほうが多ければ相続放棄すべきです。
しかし、相続財産の価格の決まり方のルールは少し特殊なため、一概にそうは言えない部分もあります。
土地や建物の取扱
相続財産の中でも、評価額と実際に売れる金額(時価)の差が開きやすいのが土地と建物です。土地や建物の種類にもよりますが、土地の評価額は時価の8割程度、建物は時価の5~6割程度になることが少なくありません。
逆から見た場合、土地の実勢価格は評価額の1.25倍程度、建物の評価額は1.8倍程度になるともいえます。
例えば、被相続人が評価額2000万円の土地と2000万円の建物、4100万円の借金を残して亡くなったとします。この場合、評価額の合計は4000万円、借金はの合計はマイナスなので、相続しないほうが有利にも思えます。
しかし、評価額が2000万円の土地の実勢価格はその1.25倍で2500万円、評価額の実勢価格は2000万円の1.8倍で3600万円、合計で6100万円になります。
相続したあとで土地と建物の両方を実勢価格で売り払い、その中から借金をすべて返済すれば、2000万円が残ります。この場合、諸手続きなどが面倒でなければ、相続したほうが得になるケースがあります。
ただ、必ず相続したほうがいいとも言い切れません。評価額が実勢価格より必ず安くなるとは限らないからです。
預貯金の取扱
預貯金の評価額は、原則として預金残高がほぼそのまま適用されます(解約手数料がある場合は、預金残高から解約手数料を差し引いたものが評価額となります)。
預貯金は実勢価格よりも評価額が大きく下がるということはないため、預金と借金で金額が釣り合っている場合は、他に相続できるものがなければ相続放棄した方がいいでしょう。面倒くさい相続をしなくて済みますからね。
株式の取扱
株式は売却手取り額がそのまま評価額となりますが、株式の価格は毎日毎時変わるので、いつを基準にすべきかがわかりづらいものです。通常は
- 被相続人が死亡した日の終値
- 被相続人が死亡した月の終値の月平均額
- 被相続人が死亡した前月の終値の月平均額
- 被相続人が死亡した前々月の終値の月平均額
のうち、最も低い金額が評価額となります。
相続税の金額
相続人から財産を相続した場合、その評価額に応じて相続税を支払うことになります。土地や建物、あるいはゴルフ会員権など、すぐには換金できない性質の財産を相続した場合でも相続税はかかります。
例えば、配偶者が亡くなり、なおかつ子供が居らず、評価額1億円の不動産を相続したとします(借金はありません)。この場合、相続税額は1220万円になります。
その不動産をすぐに売却できる見込みがある場合は売却で得たお金で相続税を支払えますが、売却が難しそうな場合、あるいは売却せずに投資や自己使用に回そうと考えている場合は自分のお金で相続税を支払う必要があります。この場合は1220万円を借り入れるか、相続放棄をします。
生命保険金の有無
生命保険に加入していた被相続人が亡くなった場合、原則として生命保険金は相続の対象とはなりません。生命保険金は、最初から受取人の財産であったとみなされるためです。
そのため、相続を放棄しても生命保険金を受け取れます。全体で見ればマイナスの財産が多く、生命保険金まで加味すればプラスになるというような場合は、相続放棄をした方がいいでしょう。
生命保険金の相続税
被相続人が自ら保険料を収めていた被相続人が亡くなり、生命保険金が支払われる場合、前述の通り相続放棄をしても生命保険料は受け取れます。
ただし、その場合でも税法上は相続したものとみなされます。相続放棄をしても生命保険金は受け取れますが、その金額に応じて相続税を支払う必要があるわけです。ただし、生命保険金は遺族の生活を守るものであるため、通常の財産より優遇された非課税枠があります。生命保険料が一定以下の金額だった場合は事実上無税となり、それを越えている場合でも税金が安くなります。
非課税枠は「被相続人の数×500万円」となっています。例えば被相続人が3人いる場合、非課税枠は1500万円です。
被相続人と保険料負担者が別人の場合
被相続人と保険料負担者が別の場合は、税法上相続したものとはみなされないため、相続税はかかりません。かわりに、保険料負担者と保険金受取人が同一の場合は所得税が、別人の場合は贈与税がかかります。
死亡保険の配偶者控除
配偶者が亡くなった場合は、生命保険金にかかる相続税を更に軽くすることも可能です。これは各相続人の相続税額が決まったあとで配偶者の税金の金額を計算し直すもので、
- 法定相続分の額が1億6000万円以下の場合は実際に相続した財産の額が1億6000万円ならば非課税に
- 法定相続分の額が1億6000万円を超えるの場合は相続した財産の額が法定相続分の額以下ならば非課税に
なるという制度です。この制度があるため、配偶者が亡くなった場合は、ほぼ確実に死亡保険金は全額非課税になります。
相続人の人数
相続人の数は1人だけとは限りません。例えば子供3人と配偶者がいる人が亡くなった場合、相続人は4人となります。家族同士の中が良好に保たれている場合はいいのですが、そうでない場合は相続人同士で揉めることも十分考えられます。
相続できそうな財産が多くなく、揉めるのも面倒だという場合は、最初から相続放棄をした方がいいでしょう。もちろん、調べてみたら実は相続人が大きな財産を残していたという可能性も十分考えられますので、何も考えずに条件反射的に相続放棄をするのはおすすめできません。
被相続人が保証人になっているか否か
被相続人が誰かの保証人になっていた場合、相続放棄をしなければ相続人がその立場を引き継ぐことになってしまいます。
相手がしっかりと借金を返してくれればいいのですが、返してくれないかもしれません。被相続人が信頼できない相手の保証人になっていた場合は、相続放棄をした方がいいかもしれません。
被相続人が保証人になっていることを周囲に言わないまま亡くなっている可能性も考えられるため、相続する前には保証人になっていないか確認する必要があります。
もし被相続人が保証人になっていた場合、金銭消費貸借契約書を所有しているはずです。保証人を付けて借り入れする場合、債務者、債権者(銀行など)、保証人がそれぞれ金銭消費貸借契約を1部ずつ保管することになっています。
金銭消費貸借書が確認できない場合、保証人にはなっていないものと思われますが、確証はありません。被相続人がうっかり金銭消費貸借書を捨ててしまったり、自宅以外の場所に保管したりしている可能性も十分に考えられるからです。
このような事態を避けるために、被相続人の存命期間中に誰かの保証人なっていないかをきちんと確認しておきましょう。
被相続人が訴訟中の場合
被相続人が亡くなり、相続をした場合、被相続人が有していた権利と義務は原則としてすべて相続人が引き継ぐことになります。なので通常、被相続人が訴訟中に亡くなった場合は、相続人がその立場を引き継ぐことになります。それが嫌な場合は、相続放棄をした方がいいでしょう。
ただし、例外的に「被相続人の一身に専属した権利義務」に関しては相続の対象となりません。「被相続人の一心に専属した権利義務」とは、その性質上、被相続人のみに帰属すべきものと考えられる権利や義務のことです。
例えば、雇用契約における使用者・被用者としての権利や義務は、「被相続人の一身に専属した権利義務」に含まれます。なので例えば被相続人が使用者で、被用者から訴訟を起こされていた場合、相続人は被告の立場を引き継ぐ必要はありません。
一方、お金の貸し借りにおける債権者・債務者としての権利や義務は「被相続人の一身に専属した権利義務」に含まれません。なので例えば被相続人が債務者で、債権者から訴訟を起こされている場合、相続人は被告の立場を引き継がなければなりません。
このあたりの規定は非常に複雑なので、詳しくは弁護士にご相談ください。
プラスの財産とマイナスの財産、どちらが多いかわからない場合は「限定承認」をしよう
限定承認とは、一定の条件をつけた上で相続を行うことです。これに対して原則全ての権利・義務を引き継ぐ、一般的な相続を「単純承認」といいます。
すべての相続人は、被相続人の権利・義務を相続するかしないかを決める権利を有しています。そして、相続をする場合は限定承認と単純承認のどちらをするかを決める権利も有しています。
限定承認とは簡単に言えば、プラスの財産がマイナスの財産よりも多ければその差分を相続し、マイナスの財産がプラスの財産よりも多ければ相続しない、という仕組みです。プラスの財産とマイナスの財産、どちらが多いのかよくわからないが、時間がないという場合には有効な手段です。
限定承認の流れ
限定承認をする場合、まずは相続開始を知った時から3か月以内に,家庭裁判所に対して,限定承認の申述をします。これを怠ると、単純承認をしたものとみなされてしまうので、なるべく早く手続きを行いましょう。
相続人が複数人いる場合は、全員で限定承認の申述を行わなければなりません。つまり、相続人の中の誰か1人でも単純承認をした場合は、限定承認ができなくなってしまうわけです。
ただし、相続人の中の誰か1人が相続放棄をした場合は、最初から居なかったものとみなされるため、残った相続人で限定承認をすることができます。
家庭裁判所に限定承認が認められた場合、家庭裁判所が相続人の中から相続財産管理人を選びます。相続財産管理人は官報を通じてそのことを公告したり、その時点で存在が明らかになっている債権者に対して催告したりする必要があります。これらの仕事は素人には簡単にできることではないため、通常は弁護士を相続財産管理人の代理人として立てます。
次に、被相続人が残した財産を現金に変えます。通常は競売で現金に変えますが、限定承認者が相続財産を買い受けることも可能です。その場合、家庭裁判所が選任した鑑定人が評価額をつけ、それに従って売買を行います。
現金化が終わったら、債権者に対する配当を行います。マイナスの財産のほうが多い場合は、各債権者に対する負債の金額の割合に応じて、手元の現金を配分します。プラスの財産のほうが多い場合は、各債権者への債務を完済し、残った分は遺産分割をします。
遺産分割とは各相続人が話し合うことによって財産を分割する手続きです。決まった期限はないので、1日で済ませても、10年かけても構いません。ただ、後々のトラブルを避けるためにも、なるべく早く結論を出すことをおすすめします。
限定承認の現状
限定承認は単純承認や相続放棄と比べると手続きが面倒で、なおかつ相続人全員(相続放棄した人は除く)の申述が必要なため、余り使われていません。
しかし、プラスの財産とマイナスの財産、どちらが多いかわからない場面で役に立つことは間違いありません。相続人が自分1人のみという場合は、積極的に活用していきたいものです。
まとめ
- 被相続人が亡くなった場合、相続するかしないかはそれを知った日から3ヶ月以内に決める
- どうしても間に合わない場合は、家庭裁判所で手続きをすれば期間を延長できる
- 相続放棄するとマイナスの財産もプラスの財産も得られなくなる
- 土地や建物の評価額は実勢価格とは異なる
- マイナスの財産とプラスの財産、どちらが多いかわからない場合は限定承認が有効
相続するにせよしないにせよ、深く考えずに決断してしまうのは危険です。相続によって生まれるメリットとデメリットを十分に把握した上で、最終的な結論を決めましょう。