今、日本の農村部で問題化している人口流出と高齢化。特に高齢化が進んでいる地域を限界集落と言います。
地元の自治体や住民は地域に若い人を呼び込むために色々工夫をしているようですが、成功例は非常に乏しく、地方の衰退はとどまるところを知りません。今回は日本で限界集落が増えた理由や、集落が抱える問題、あるいはそれを解決する方法を考えてみたいと思います。
目次
限界集落は「65歳以上の人口が50%以上の集落」
集落とは、人々が集まって生活をする一つの範囲のことです。居住地と共同体を兼ね備えた単位であり、市区町村といった行政上の線引きとはまた別のものです。
集落と聞くと山に囲まれた小さなものをイメージされるかもしれませんが、田舎だろうが都会だろうが集落は存在します。ただ、限界集落と呼ばれるところはやはり田舎が多いようです。
限界集落の定義は、「65歳以上の人口が全体の50%を占める集落」です。日本では何年かに1回全国的調査が行われています(明らかに限界集落でない都市部は最初から調査の対象になっていません)。
その調査によれば、限界集落は日本全国に全部で約1万ヶ所あり、特に中国地方や四国地方に多いです。また、全員が65歳以上で湿られている集落も575ありました。
限界集落があるのは地域の住民しか知らないような地方の小さな町村だけではありません。人口が10万人を超えるようなそれなりの規模がある市にも存在します。例えば人口が30万人以上あり、大都市の横浜や東京23区へのアクセスも良好な横須賀市にも限界集落があります。
限界集落は今に始まったことではない
近年注目されるようになった限界集落という概念ですが、こうした概念自体は昔からありました。地方から都市部に人口が流れるのは昭和のことから当たり前のことであり、珍しいものではありません。当時それほど問題とならなかったのは、高齢者自体があまり多くなかったためです。
限界集落と地理的条件
限界集落には様々な特性があります。主な特性は以下のとおりです。
- 人口が50人未満、もしくは世帯数が30世帯未満
- 山間地にある
- 人口が減少傾向にある
- 地形的末端(行き止まり)にある
- 市区町村役場から10km以上離れている
こうしてみるとどれも当たり前の条件ばかりですね。こんなに条件が厳しいところには誰も住みたがらず、若い人が出ていってしまうので高齢者だけが残され高齢者の比率が高くなり、限界集落になってしまうわけです。
限界集落が生まれる原因
都市部から離れている集落が、必ず限界集落になるわけではありません。都市部から離れていても独自の政策などで若い人の誘致に成功しているところもあります。一方で限界集落への道をまっしぐらに突き進んでしまうところもあります。限界集落は一体何故できてしまうのでしょうか。
仕事がない
限界集落ができる原因は仕事がないことに付きます。そもそも仕事があれば元々そこで暮らす人々は出ていきませんし、外部からも人がやってくるので限界集落になりようがありません。
また、たとえ仕事が見つかったとしても、その仕事は大抵が低収入です。限界集落の主な産業な農業であることがほとんどですが、農業はハッキリ言って稼げません。しかも会社員と違って年中無休です。
稼げない上に休みもないような仕事を進んでやりたがる人間はいません。仮に農業の収入が会社員と同じレベル、もしくは少し上のレベルにまで伸びたとしても、やはり殆どの人は休みがあって立場も安定した会社員の方を選ぶでしょう。
住むための魅力がない
メディアではやたらと田舎暮らしのプッシュされていますが、実際に田舎に移り住む人はごく少数です。
一番の理由は仕事がないことですが、それ以外の魅力にも欠けることが、限界集落の問題点です。都会のように様々なお店がない、便利な公共交通もない、充実した公共施設もないでは、誰も来なくて当然です。
余暇活動として田舎に来るのと、田舎に住むのは全くの別物です。田舎特有の閉鎖的で個人よりも共同体を優先する姿勢は、都市部で暮らしてきた人間には到底受け入れがたいものでしょう。
集落自体に危機感がない
限界集落と一口に言っても色々在るので一概には言えませんが、限界集落の地域住民は外部から人を招くことに対して消極的です。
中にはそうしたことに積極的な集落もありますが、大抵の場合は「その集落の慣習に従える人」だけを受け入れるという姿勢を明確に打ち出すので、殆どの人は引き返してしまいます。そうしたやり方でも集落が維持できるうちはいいのですが、それが維持できなくなってきているから限界集落になってしまうのです。
限界集落があると何が問題か?
限界集落の存在は、その集落のみならず周辺の自治体や所属する都道府県、ひいては日本全体に様々な影響、特に悪影響を与えます。
インフラの整備・維持コストの増加
当たり前の話ですが、インフラ(水道や電気、道路など)の整備、あるいは維持にはお金がかかります。そして、その単位コスト(1人もしくは1世帯に係るコスト)は、集落が小規模かつ離れているほど高くなります。
市街地には多くの人が比較的狭い場所に集まっているので、少しの道路や水道管、電柱で多数の人の面倒が見れます。一方、限界集落には少しの人しかいないので、少しの人の面倒しか見れません。限界集落が増えれば増えるほど、人々の生活コストは向上してしまうのです。
そのコストを限界集落に住む高齢者に負担させるのは難しいですし、だからといって税金を投入してしまえば、都市部の人たちから不公平だと不満の声が上がります。限界集落は非効率かつ不経済な存在であるといえます。
空き地や空き家の増加に伴う治安悪化
限界集落が増えると、管理する人がいなくなる空き地や空き家も増加します。空き地や空き家増加することは自体はそれほど問題ではないのですが、空き地や空き家が誰の目にもつかないのをいいことに犯罪行為に使われるようになってしまっては問題です。人の目にはそれ自体が犯罪を抑制する効果があり、逆に人の目がないような場所では犯罪が生まれやすくなります。
限界集落は廃すべきか保全すべきか
日本に多数の限界集落があることはわかりましたが、この限界集落は廃して別の地域に住まわせたほうがいいのか、それとも限界集落を保全すべきなのか、という点は意見が別れるところです。
巨視的な観点から見れば、おそらく廃したほうがいいのでしょう。人口が少なく非効率な地域は統廃合した方が無駄なコストが減り、経済的に望ましい状態に方向に動く可能性が高いからです。
そうすることでなくなってしまう風習や文化はあるかもしれませんが、限界集落にあるような風習や文化がなくなった所で困る人はそうそういないでしょうしね。
一方で、微視的な観点からすれば、保全に人の気持ちが流れるのは当然といえます。そこに住んでいる人はそれなりに地元の集落に愛着を持っているでしょうし、特に高齢者ともなれば残り少ない人生を平穏に過ごしたい、効率化や日本の将来など知ったことではない、と思うことでしょう。
廃しろというのは都会民のエゴ、残したいというのは田舎民のエゴであるといえます。どちらかの意見を採用すればどちらかの意見を切り捨てることになり、意見をすりあわせていくのは大変なことです。
限界集落の町おこしが大抵の場合失敗する理由
限界集落の中には地域振興のために様々な制作やイベントでなんとか若者を呼び込もうとしているところもあります。しかし、そうした取組は大抵の場合失敗に終わり、イベント屋や土建屋を儲けさせるだけで終わることが多いです。一体なぜでしょうか。
持続性がない
限界集落が手を出しがちなのが、派手なイベントの開催です。しかし、このようなイベントの開催は一時的に地元住民を熱狂させるだけで、終わってみれば何も残さないことがほとんどです。考えてみれば当然の話しです。
都市部の人間は遠く離れた田舎で大きなイベントが行われても別にそれがどうしたしか思いません。
東京や大阪に出ればもっと洗練された面白いイベントがたくさんあるのに、わざわざお金と時間をかけて田舎まで行く必要性が感じられないのです。地元文化のファンを継続的に獲得することが大切なのであり、1回ポッキリの取り組みをしてもしょうがないのです。
地元にお金が回らない
限界集落で過疎化が進んでしまう原因の一つとして、内部で経済の循環が起こらないということが挙げられます。
以前は限界集落で暮らす人々は農業で得た収入を地元の小さな商店で消費していました。これならばたとえ経済規模は小さくとも地元に雇用が生まれるので、若い人でも暮らしていくことは可能です。
しかし、現在は集落の外にある大型商業施設やスーパーマーケットなどで買い物をする人が増えてきています。理由は簡単で、そちらのほうが品ぞろえが良く、サービスもよく、おまけに安いからです。
消費者としては安くていいものを求めるのは当然の判断ですが、こうした現象が続くと地元の小さな商店は閉店せざるを得ません。商店の主人はそのままでは生活ができないので、都会に出稼ぎに行くことになります。
こうした現象が繰り返し起きるうちに、限界集落は高齢者ばかりになってしまうのです。
限界集落の抱える問題を解決する方法はあるの?
限界集落問題を解決する最も確実な方法はズバリ少子高齢化の解消です。子供や若者の数が増えれば、必然的に高齢者の割合は小さくなるので、限界集落の数は少なくなります。
しかし、日本にとって根深い問題である少子高齢化が今日明日で解決するわけはありませんし、そもそも限界集落に暮らす人々やその自治体だけで解決できることでもありません。現実的な選択肢としては、以下の様なものが挙げられます。
企業誘致
限界集落にとって有力かつ現実的な選択肢の一つが企業誘致です。田舎に大きな企業のオフィスが一つできれば、都道府県には法人事業税、市町村には固定資産税が入ります。
また、オフィスに勤務する人たちはその周辺に住むことになるので高齢化率が下がります。人が増えたことによって新しい店ができれば雇用も生まれますし、その店からも法人事業税や固定資産税が発生します。
例えば、徳島県神山町という町は人口わずか500人あまり、全面積の8割以上が山という典型的な過疎地域ですが、東京や大阪に本社を置くIT企業のサテライトオフィスの進出が相次いでいます。
1955年以来一貫して減少していた2011年についに増加に転じ、ビストロや弁当屋など、新しい雇用も生まれています。依然として高齢化率は高いですが、まちづくりの取り組みに対して全国から注目が集まっています。
一体なぜ知名度もない小さな町に多くの企業が集まったのでしょうか。もちろん要因はいくつもありますが、2004年から隣の佐那河内村と連携して光ファイバー網を整備したことが大きいでしょう。
IT企業は職務の都合上オフィスが物理的に離れていても困らないことが多いため、土地が安い田舎にオフィスを作ることも多いです。
オフィスで働く人たちからも「都市部にいた頃よりもストレスがない(仕事場まで近く、満員電車に載る必要もないため)」「自然が多くて楽しい」といった声が多く上がっています。
空き家の活用事業
人が次々と出ていってしまう限界集落で問題視されているのが空き家の増加です。前述の通り空き家は治安上も問題がありますし、何よりせっかく建てた家をそのまま放置するのは非常にもったいない話です。
こうした空き家を活用するために様々な自治体が様々な取り組みを行っています。空き家に人が入ればその分消費が増え、地元にお金が落ちてきます。
空き家活用で今注目されているのが、空き家バンクという取り組みです。空き家バンクは地方自治体空き家のマッチングサイトです。性質的には不動産会社の運営する不動産ポータルサイトと同じようなもので、借り手と貸し手、あるいは描い手と売り手をつなぐものです。
しかし、不動産会社に空き家の仲介を依頼しても、うまくいかないことが多いです。不動産会社の受け取れる仲介手数料は物件価格に概ね比例するため、安い空き家の仲介は後回しにされるです。
一方、空き家バンクを運営する地方自治体は営利企業ではないので、安い空き家だからと言って後回しにされることはありません。むしろ地方自治体としては安い空き家のほうが紹介しやすいとすらいえます。
空き家バンクではその自治体の空き家が紹介されています。例えば、桐生市空き家バンクでは、市内の物件が写真・希望価格付きで紹介されています。
空き家バンクの利用実態
空き家バンクは先進的な取り組みですが、お世辞にも世間に広く知られているとはいえません。
一般社団法人移住・交流推進機構が平成26年1月に行ったアンケート調査によれば、市町村が運営する空き家バンクにおいて、登録件数20件未満のサイトは全体の80%を占めていました。空き家バンクを作っても、登録される物件がなかなか増えないわけです。
自治体もこの状況を解消するため、様々な取り組みを行っています。例えば恵那市や益田市などでは、空き家の所有者に対して改修費用の補助を行っています。また、えびの市や東彼杵町は移住者に対して補助金を出しています。
空き家の活用事例1:短期滞在制度
富山県珠洲市では、空き家を活用した短期滞在制度を行っています。利用者と空き家所有者が契約を結び、最長93日間までの間物件を格安で貸し出すというものです。
田舎に住んでみたいけれど、いきなり引っ越すのは不安だという人が事前に田舎暮らしの仕組みを確認するためのものであり、一定の評価を得ています。
空き家の活用事例2:公営住宅化
島根県奥出雲町では、町が空き家を刈り上げて改修し、公営住宅として活用しています。物件は全部で10件、多くの物件が100平米を超える面積でありながら家賃は3万円~5万円台というリーズナブルさが好評で、現在は10件すべてが入居中です。
空き家の活用事例3:店舗建住宅化
兵庫県神河町では、空き家を店舗建住宅に回収するための事業が行われています。移住者の悩みを聞く相談員の配置などにより、一定の成果を上げています。
問題解消には時間と戦略が必要
限界集落に関する問題は非常に根深いものであり、一朝一夕で解決するものではありません。長期的な視野を持ち取り組みに挑む、そしてそれを支える住民や自治体の協力が、問題を解決する最大のパワーになります。